秀峰設計室
●Shuhou クライアント(建築主)のご紹介●

 

 

追伸・・・その後の井関農園・・・ 

 苦労の甲斐あってか、その後、某有名化粧品メーカーにお米のエキスが使われる事になりました。

「お陰で現在お米が足りません。」とのうれしい悲鳴です。

 

 

 

 


NHKの取材を受ける井関さん。




カメラの前でアイガモ農法の説明に自信が見受けられる。

井関 義次 氏

井関農園経営
(有)センチュリーショウエイ経営

゛本物の米作りをめざして゛

古来より日本の大切な食文化の要であるお米が時代の移り変わりとともになおざりにされつつある。代々受け継がれるべき農業そのものに魅力が無くなり継承者が都会の華々しい商業世界へと移り行く現実に大きく押し流され危機的状況にある農業、また 年々減反が増し廃業農家が増える中、このままではと大手企業サラリーマン生活に別れを告げた井関氏は父の後を共に歩くことを決意、この厳しい農業世界へ飛び込むことになる。
池田市在住でありながら美しい空気肥えた土を求め探して2年、丹波篠山に3万坪の農地を購入衰退をたどる農業に一石をと、地元農家も驚く中 通勤農業が始まる。井関氏は言う「父、(井関昭二)の農業に対する情熱と手を抜かず大切に造ろうとする後ろ姿に影響を受けた、人生をかけて守ってきた農業、終わらせる訳にはいかない、私もどうせするなら中途半端ではだめ、このはたしかに美味いと言ってもらえることと、農薬を使わない有機栽培あいがも農法)で赤ちゃんでも安心して食べさせることのできるごまかしの無いを作ることを研究し実現することで世の中に必要と認められれば決して衰退することはない、と信じている。」と、 ご本人の研究と実践その苦労の甲斐あって米作りに対して政府より日本農業賞を受賞、また農業に対する熱き思いが認められ政府より日中友好親善の一環である中国農業青年受け入れ農家の指名を受ける、中国青年を自宅に住まわせ技術指導、そのボランティア行為に対して毎日新聞社賞を受ける。その後中国政府からも民間人の中日親善行為に対し北京に招かれる、あれから 5年若き中国青年は上海の大規模農場の農場長として活躍している。井関氏は成長したかつての教え子が気にかかるのかその後も毎年上海へ飛んでいる。私も農園設計者として幾度かお供をさせて頂くが再開の日の井関氏の笑顔が今でも忘れられない。丹精こめた一粒のお米、井関農園から直接ユーザーへとインターネットを通じてお米の美味しい秘密を多くの人々へ発信、今では全国から注文が寄せられる。やはり物作りは情熱と実践その大切さを教えて頂きました。又昨年5月NHKでもその内容が紹介される。

心温まる話題を今後もご紹介させて頂きます。
(紹介文・文責 ・・・柿内秀峰)

●トップページに戻る●